国家ぐるみで不都合な人物の暗殺を企てるのはロシアも北朝鮮も同じだが、北朝鮮の場合は自分の兄までも暗殺の対象とするから恐ろしい。金正日が死亡したのは2011年12月、彼の存命中に後継者と指名されたのは三男の正恩(現在33才)。北朝鮮の悲劇は、金日成の後継者が世襲で決まったことに起因するが、金正日の後継者も世襲で決められたことで悲劇は決定的になった。
金正日は生前4人の妻を持った。一人目の間に生まれたのが長男・正男(45才)、二人目の妻には娘しかなく、三人目の妻(在日朝鮮人)との間に息子二人(次男・三男)と娘がいる。四人目の妻は三人目の妻ががんで亡くなった後に来たので子供はいない。父・金正日が自分の後継者を選ぶに際して、当然長男・正男を最優先で検討するものだが、この長男は東京Disneyland目指して偽造旅券で日本に入国したところがばれて強制送還されたように、政治にあまり興味なく、親の目には頼りなく見えたのだろう。次男・正哲(35才)も、ギターは得意だが、政治にほとんど興味なく、音楽会にLondonに出かけたりして北朝鮮で人生を送っている。
最終的に父・正日が目を付けたのがやり手の三男・正恩だ。しかし、いくら前CEOから後継指名を受けた後継者といえども、自分の上に長男・次男と兄が二人いるのは、政権の基盤が危うい。次男は北朝鮮にいて、秘密警察に四六時中監視させているから問題はない。唯一、長男に北朝鮮に戻れと指示を出しても従わず、Macaoあたりを拠点に勝手に暮らしているので、正恩政権転覆という事態になれば、次の政権が、その正統性に利用するであろう人物の第一候補に長男・正男となるであろうことは、弟・正恩が一番よくわかっていた。だから、自分が北朝鮮の代表者になった2011年12月からずっと正男を目の上の瘤と見ていて、弟である自分の意向に従う意思がないと判明した翌2012年以降、この兄の排除を企んできたようだ。
2月13日、MalaysiaのKuala Lumpur空港で起こった金正男毒殺事件は5年越しの弟の執念がついに実を結んだ結果である。正男も自分が弟に命を狙われていると充分承知しており、通常は警備の人間をつけて出かける。しかし、Malaysiaにいる愛人に会いに来る時だけは警備人がついていないことを正恩政権側は把握していた。そして、Macaoに戻るため一人でチェックインしようとしていた時に襲われた。今回の事件の首謀者は、特務工作員の男ら5人と言われ、その一人が逮捕されたが、1年前からKuala Lumpur市内のアパートに住んで、この機会を待っていたようだ。