アミのひとり言

事務所のアイドル犬アミのひとり言です。

誰のための国葬か

 27日、元首相安倍晋三国葬日本武道館で行われた。世論は国葬反対が圧倒的に多い。70年間君臨した英Queen Elizabethなら国葬の価値もあるが、もり・かけ・さくらの疑惑だらけの上、公文書改ざんも平気で命令する男に、国費で葬儀を行う必要はないだろう。しかも国費(国民の税金)とはいえ、それは国の借金であり、今の子どもたち、これから生まれてくる子たちの負債を増やすだけだ。

 

 森友学園事件では公文書改ざんを強いられた公務員の自殺まで起こしている。自分も妻も関与していないと大見えを切っていたが、証拠となる公文書が偽造の不正な書類であれば、関与がバレバレであり、もっと早く国会議員もやめなければならないところだった。今回、統一教会の犠牲者が事件を起こしてくれて、正義が戻ってきたと言うべきではないか。

 

 安倍元首相のおかげで利益を得た加計学園統一教会などが資金を出し合って葬儀をするなら納得できるが、国民の税金を使って国葬にするには、その価値のない政治家だと思う。大平正芳以降の首相経験者は、慣習上、国民葬として、内閣、自民党、それに国民有志が費用を分担してきたと言う。今回も加計学園統一教会桜を見る会で元首相から恩恵を受けた輩が「国民有志」として費用を出し、死亡後すぐに済ますべきだった。

 

 戦後、国葬令は廃止になっているから、それでも、吉田茂元首相のような別格扱いの国葬をするなら、それなりの国会の手続きか新たな法令が必要になる。岸田首相が、国葬をネタに、安倍派議員を取り込もうという魂胆が見え見えの今回のあわただしい国葬実施は、完全に失敗だった。麻生派のボスが岸田氏に国葬をしつこく勧めたというから、麻生も親分亡き後の安倍派議員の獲得を狙っていたのだろう。

 

 今回の安倍晋三銃撃事件で、統一教会と政治家、特に自民党政治家の密着の実体が、大方明らかになってきた。これは、民主主義ではない。透明な投票箱を用意して住民投票を実施した親ロシア派支配のウクライナ・ドンバス地域で、住民投票をするのとあまり変わらない。宗教で脅すか武器で脅すかの違いはあれ、国民の自由意思を尊重していない。もっといえば、公明党も与党に入れるのは問題だと思う。公明党創価学会は、組織名が異なるだけで、構成人員は100%一致する。信仰心を利用して高い壷を買わせるのも、半強制的に投票に行かせるのも、原則、同じだ。

 

 霊感商法で名をはせたから団体の名称を変更する必要ができて「世界平和統一家庭連合」に名称変更せざるを得なかったが、本来、団体の活動に変更がないのに、名称だけの変更は認められないところ、2015年8月、当時の首相安倍晋三と文科大臣下村が「政権トップ案件」として強引に認めたものだ。いくら悪者とはいえ、銃撃は正当化できないが、権力者でも、強引なことをやれば因果応報となることを、あの世の元首相は学習すべきではないか。