米国の“Alive Inside”( 中は生きている)という題名の映画が、来月日本で公開される。邦題は「パーソナルソング」(http://personal-song.com)。これはソーシャルワーカーDan Cohenという人が実際に経験した事実を映画化したもので、自分の名前すら言えない認知症高齢者が、昔好きだった思い出の曲を聴くと、曲の記憶とともに当時の記憶も呼び起こされ、一度失った言葉も復活するという内容だ。
音楽が脳を刺激して、失われた自分を取り戻す。高価な薬よりも一曲の歌が脳のつながりを高めるより有効な方法だと実践で証明した。抗精神病薬は灯りを消すことはできるが、灯すことはできない。音楽は患者の心に生命の灯りを灯すことができる。この映画を観ると、音楽の力はものすごいということがわかる(のだそうだ)。音楽は人間が生まれながらに持つ権利であり人間の最も深い知恵なのだそうだ。音楽は私たちに素晴らしい贈り物をしてくれる。
我が国で音楽療法を特に薦めているのが、聖路加病院名誉院長の日野原医師(103才)だ。彼もこの映画を絶賛している。音楽は認知症に陥った高齢者に喜び、生きている実感を与えてくれる。しかし、認知症患者であれば誰にでも有効なものではなさそうだ。この音楽療法が有効なのは、認知症になる前に大好きな音楽を持っていた人に限る。そして、その大事な音楽が具体的に誰のなんという歌であるか、誰が演奏した何という曲であるか、歌手や演奏者も具体的に特定しなければならない。音楽であれば何でも有効という訳ではないのだそうだ。
認知症で自分の名前すら言えない人が、自分が昔好きで好きでたまらなかった歌や曲の名前を言うことはできない。そのpersonalized song/music(パーソナルソング)を特定する必要がある。彼/彼女が好きだった音楽が何かを知っている友人や家族から情報を得たり、本人が持っている古いレコードからヒントを得たりして、それらの音楽を本人に聴かせてその反応をみるという作業が大変だ。
Mr. CohenはかつてIT業界で働いていた。あるとき「患者がiPodで自分の好きな歌を聴けば、音楽の記憶とともに何かを思い出すのではないか」と思いつき、実践した。3年間の実践の結果、本当にそうなった例をこの映画で紹介している。94才の黒人男性が、昔自分が大好きだった歌を聴いた途端、失っていた言葉をしゃべりだした。これは個人音楽療法とでもいうものだ。
アルツハイマー病など認知症の高齢者は、我が国で約400万人、米国で500万人、全世界で3,500万人以上いるとされる。この中の10%でも、大好きな歌や曲があるという人がいれば、個人音楽療法で普通の生活に戻れる可能性がある。これは医学ではない、音楽だ。そして感動だ。