昨年7月、メキシコで最も警備の厳しいAltiplano刑務所からJoaquín Guzmán(59才か61才)という世界最大の麻薬王が、自分のために掘らせた地下トンネルを使って脱獄した。この人物は1993年に麻薬取引などで懲役20年9か月を言い渡され、厳しい警備で知られたPuente Grande刑務所に収容されていたところ、看守から刑務所署長まで刑務所関係者78名を総額250万㌦で買収し、2001年に第1回目の脱獄に成功した男だ。それから13年間、追われながらも娑婆で過ごしたが、ついに2014年2月、メキシコ軍とアメリカ捜査当局の合同作戦により、自宅にいるところを捕まり、再度投獄された。
大金持ち脱獄犯を再収容するにあたり、メキシコ政府は、国内最高の警備を誇るAltiplano刑務所に収容したが、今回は1年半弱でまたもや脱獄された。こういうこともあろうから、米国はGuzmánを米国に引き渡すよう交渉していたが、メキシコ政府にもメンツがあり、刑期が終了するまでこの犯人は国内で収容すると引き渡しを拒否していた。男は、米国に入る麻薬の半分以上を牛耳る麻薬密売組織(Sinaloa Cartel、Sinaloaは彼の出身地名)の首領で、2009年Forbes長者番付(10億㌦超の資産を持つ億万長者)では、世界第701位にのし上がった大富豪。米国政府が500万㌦(6億円)の懸賞金をかけて逃亡先を探していたこのコカイン密売業者の罪名は、組織犯罪、麻薬取引、資金洗浄、殺人等。
ところが世界一の規模を誇る麻薬密売組織のCEO億万長者を礼賛するメキシコ人女優がいた。「南の女王」(La Reina del Sur)という映画で麻薬取引女王役を演じたKate del Castilloは、汚職まみれのメキシコ政府も大統領も信用できない、麻薬王Guzmánに我が国を治めさせたらメキシコは良くなると持ち上げた。人生は商売に通じる、世紀の麻薬王が取扱商品を変えれば最高の大統領になる。麻薬取引を愛の取引に変える、麻薬中毒患者を健康な市民に変える、汚職の資金をホームレスの女性・子ども達の食糧に使う、これは、Peña Nieto(メキシコ大統領)にはできないが、麻薬王Guzmánならできる、そうすれば麻薬王は、英雄中の英雄になるとtwitterで発信した。麻薬王を映画の主人公にして、彼の半生を歴史に残す価値があると。
間もなく、逃亡中の麻薬王の弁護士から女優に連絡あり、麻薬王も自分の半生の映画化に興味あるとのことで、麻薬王役に興味ある米国のAcademy賞受賞俳優ショーン・ペン(SeanPenn)を女優は紹介した。かくして米俳優と麻薬王の7時間にわたる面会が、昨年10月メキシコSinaloa州の密林地帯で実現した。そのinterviewの記事は、米誌Rolling Stone今月号に掲載されているが、この動きをメキシコ政府諜報機関が察知していて、8日午前4時、メキシコ海軍特殊部隊が、世紀のお尋ね者Guzmánの隠れ家を急襲、3時間の銃撃戦の末、部下の仲間5人を殺害、6人を逮捕、麻薬王が防弾車両で高速道路を逃走するところを生け捕りにした。
これだけの富を手にした上に、自身の半生の映画化に色気を出したおかげでついに捕まったが、3度目の脱獄を許さぬ為、今度こそメキシコ政府は米国に犯罪人引渡しを実行する意向のようだ。