大学入試共通試験変更点が真剣に議論されている。文科省の案では本年度から英語は民間試験導入だったが、受験費用が高いうえに、都市部の裕福な受験生は各種の試験をいくつも受けることができ、最もいい成績を提出できるという不平等が問題で、結局これは導入を見送ることになった。地方の貧乏人は一番近い都市まで行き、一度だけ受験することになる。北海道なら交通費も結構かかるから2回受ける余裕のない受験生は運が悪いとあきらめてというものだ。身の丈に応じて勝手に判断せよという大臣は即刻首にすべきだ。英語の能力を測定して比較するなら、やはり同じ試験を皆が受けなければならないことは初めからわかっていたことだ。
来年度の国語・数学の記述式問題にしても非現実的な大問題がある。50万人の受験生の答案の採点を、ベネッセという民間企業に委託するという。全国約1万人の採点者が同一の基準で採点することなどできるはずがない。AIが瞬時に50万人分の答案を採点できる日が来るまで、公平な採点などできるはずはない。出題者の想定しない解答が出てきたらどう対応するのか、採点の公平性、採点者によるばらつきを考慮すると、50万の受験生共通の試験にはなりえない。しかも採点するのは大学の教官ではなく学生のアルバイトを想定しているという。
採点者がそんなにたくさんいるなら、問題の事前漏洩は必ず起こるだろう。採点者は模範解答なり、採点の容量なりを事前に受け取るわけだから、問題を受け取らずに模範解答だけをもらうことはない。早速、ベネッセは共通試験記述式の採点をわが社が請け負ったと公表して自社の宣伝に使って文科省から注意を受けた。たとえ会社の経営者が守秘義務を守ったところで1万人もの学生アルバイトの口にふたをすることは不可能だ。現に経営者がすでに守秘義務違反をしている。実際の試験が始まってから各自のパソコンに問題と模範解答・採点の基準を送るとしたら、各採点者が準備できる時間は、受験生に与えられる2時間程度となり、到底充分な時間とは思えない。
数学の記述式問題は、正解に至る思考過程を評価するものだと思うが、問いの要求に正しく応答しているか、途中の説明で間違いがあっても結論が正しければ満点にするのか、論理があっておればたとえ結論が間違っていても部分点をあげるのか、その辺になってくると採点者の主観が入ってくるので公平な採点などありえないと思う。要するにこのような大人数の受験生に記述式試験を受けさせることが間違いの始まりだ。個別の大学の二次試験があるので採点は短期間に仕上げなければならない。やはりAIの登場を待つしかないだろう。
学生の能力を一律の試験で測定しようというのが、すでに時代に合わないように思う。共通試験などなしにして、各大学が独自の基準で学生を選考する方がいいのではないか。英語圏からの帰国子女と日本で生活してきた学生に同じ英語の試験をして何がわかるのか。ベルギーでは9才の男の子が来月大学工学部を卒業する。希望する学生に自由に勉強する機会を提供する大学にするための入口で国家があまり関与しない方がいい。学生の個性を伸ばすために、いっそのこと共通試験は廃止してはどうだろう。(僕らの時代にはそんなものなかった)