米最高裁が、6月24日、時代遅れの判決を出し、女性を中心に大きな反対運動が起こっている。人工妊娠中絶を認めるのは米憲法に反するとして、50年来君臨してきたこれまでの最高裁判決を覆したのだ。キリスト教の国アメリカにおいては、人間の命は神が与えてくれたものであるから、人間の都合で小さな命を殺して消し去ることは罪悪であり、神の摂理に反するとの理屈だ。その命の始まりが、近親相姦であれ強姦(強制性交、rape)であれ、命に違いはなく、殺すのは神を冒涜する行為であるとする乱暴な論理だ。
しかし、その命を産むのは女性であり、産むか産まないかは、当事者たる女性が決めるべきで、最高裁の裁判官(9人中6人が男性)が決めるべきものではないと、女性たちは主張する。女性に(中絶の)選択権を与えよと主張するグループはPro-choice派(中絶合法化支持派)といわれ、授かった命は神聖なものだから殺すな(中絶の合法化に反対)と主張するグループはPro-life派(中絶禁止派)という。最近の世論調査でも中絶容認派は70%以上と圧倒的に多いにもかかわらず、最高裁判事(定員9人)は、Trump時代に3人の保守派が任命されたため、保守派(共和党):革新派(民主党)は6人:3人となったので、従来の判決を覆すことができたのだ。
約50年前の米最高裁判決は、それまで、人工妊娠中絶が州ごとに合法・違法となっていたものを、妊娠22~24週までは合法と画期的な判決を下した。いわゆる「Roe vs. Wade事件」判決というもので、胎児が子宮外でも生きられるようになるまでは、女性に中絶の権利があると認めたものだ。当時の票決は、7:2と圧倒的多数で決まったのだが、今回、それを6:3という多数決で覆したのは、米国政治の特徴である共和党:民主党の対立と無関係ではない。
米最高裁判事は、本来、政治的中立の立場のはずだが、任命権者が大統領となっているため、どの党の大統領が任命するかで、保守派裁判官か民主派裁判官かが決まる。この裁判の流れを変え得るのは、11月の中間選挙(下院全員と上院の1/3の改選議員+各州政府の議員)で、今回の最高裁判決に反対する有権者が民主党に投票すれば、立法で今回の判決の効力を停止することができる。
Joe Biden大統領(民主党)は、中間選挙で、個人の自由、privacyの権利、自由と平等の権利などを争点にして、今回の最高裁判決に反対の有権者の票を取り込むことができれば、実質的に最高裁判決を無効化できる。共和党が多数を占める26の州が、州法で、人工妊娠中絶を違法として禁止し、民主党が多数を占める24の州で中絶合法となっているので、現状で共和党主導の26州に住む女性が中絶を望む場合、費用をかけて合法となっている州に移動して、手術を受けなければならない。物理的移動に要する苦痛に加えて、旅費などの経済的負担を考えると、中絶することができず、望まない命を産まなければならない女性が多数出てくることが問題だ。合衆国憲法には、中絶を禁じる権利は付与されておらず、裁判官は女性の中絶の権利を奪う権限を持つべきではない。すべては女癖の悪いDonald Trumpの起こした問題から発生した結果だが、キリスト教福音派の票が欲しいために、女性を犠牲にして、神を冒涜する政治家は、その職業を替えてほしいものだ。