アミのひとり言

事務所のアイドル犬アミのひとり言です。

百円ショップ生みの親逝去

 百円ショップ生みの親である矢野博丈(ヒロタケ)氏が80才で亡くなった。七転び八起きということわざがあるが、彼の場合は「八転び九起き」だという。中央大学卒業後、妻の実家のハマチの養殖業を引き継ぐも、知識も経験もなく3年で倒産、借金を踏み倒して夜逃げ。その後チリ紙交換、百科事典の訪問販売などいろんな仕事をして、最後は日用品の移動販売。空き地やスーパーの敷地にトラックを止めて露天商のような商売をしてきた。学生結婚をして大学を卒業してから10年で9回目の転職が、日用雑貨品の露天商だった。

 

 「自分は才能も運もない人間だから、神様が一生懸命働く以外に人生の選択権をくれなかった。」と言う矢野氏は、夜寝る前に、翌日販売する商品(日用雑貨品)に値段をつける仕事があって、充分睡眠の時間が取れなかったと言う。ある時、疲れすぎて夜の値札付けができないまま朝を迎え、出先で商品を並べたところ、お客から「これなんぼ?」ときかれる。でまかせに「100円」というと、結構商品の動きがよく、「全部百円」と張り紙をしたら飛ぶように売れるようになった。仕入値が100円以上のものもあるが、次からは100円以上する商品を仕入れなければ商売として成り立つ。百円ショップの原型ができた。

 

 「いつか1億円の売上を実現してみたい」と夢見ていたダイソー創業者は、今では年商5,891億円、国内3,367店舗、海外2,008店舗を展開する大手小売業に成長した。1時間で1億2千万円の売上だ。でも、本人は、事業成功の秘訣について、3つの哲学を述べるのみ。

第一:「恵まれない幸せ、恵まれる不幸せ」、第二:「仕方がない」、第三:「感謝」。恵まれていた環境にあれば百円ショップのideaは出てこなかった。「自分には能力と運がないから仕方ないんだ」と現状を受け入れるところから始める。愚痴を言っても仕方がない。そして、少なくとも健康な体をもらったことに感謝をし、お客さんが商品を買いに来てくれることに感謝する。

 

 ある時、自宅兼倉庫に深夜放火され、建物・商品・トラックすべてを失った。火災保険は掛けていない。銀行に融資を申し込んだら、100円の商品ではいくら売っても利益が出るはずがないと断られる。しかもこの業界はまさに自転車操業だ。店には76,000点もの商品があり、毎月700点ほど新商品を開拓している。採用されない商品の方が圧倒的に多い。飽きられたら終わり、もう店に来てくれない。安心した瞬間に「倒産」の二文字が頭をよぎる。あの世に引っ越して、やっと安心して寝ることができると喜んでいるかもしれない。