アミのひとり言

事務所のアイドル犬アミのひとり言です。

「この地震による津波の心配はありません」?

2009年4月6日イタリア中部ラクイラ(L'Aquila)で発生したマグニチュード(mag.)6.3の大地震で死者309人を出したが、遺族の一部が政府の「大規模リスク予知・予防委員会」委員を過失致死罪で訴えた裁判の判決が出た。犠牲者遺族の感情に配慮した裁判官は被告7人全員に対し、禁錮6年(求刑は禁錮4年)の実刑と終身公職追放処分、更に損害賠償及び裁判費用として約8億円の支払いを命じた。7人の内6人は地震・地質学の権威(会長のDr. BoschiはBologna大学教授)、もう一人は官僚(Mr. De Bernardinis、市民保護局次長)で水害対策技官。

このアペニン山脈地域は過去にも大地震が記録されている高リスク地震帯。今回のL'Aquila大地震は2008年10月から2010年5月まで約1年半続いた群発地震の一部とみることができる。だらだら続く群発地震ではいつ本震が来るのか預言者以外には分からない。群発地震が始まって半年も経とうとした頃の2009年3月29日にmag.3.9の地震があった。個人的趣味から、地中のラドンガスと地震との関係を研究していた技術者Giuliani氏は地震の発生予告をラジオ・テレビ局に提出、その予告が報道されていたからL'Aquilaの住民はわずかな揺れを感じるたびにパニック状態に陥り、多くの人々が夜は野外テントで寝るという状態が続いていた。翌3月30日市民保護局は住民のパニック状態を解消するため、Giuliani氏に勝手な地震予告の公表を禁じたところ、その日の夕刻mag.4.1の地震発生。住民の不安が頂点に達しつつあった3月31日、リスク委員会がL'Aquilaで開催された。地震研究の権威である科学者委員の総意は「(現在続いている)小さな揺れが破壊的な大地震につながる確率は非常に低い」との見方であったので、当日記者会見に臨んだ官僚委員(De Bernardinis)は「昨日の地震(mag.4.1)でほとんどのエネルギーが放出され、これ以上大きな地震が発生する危険がなくなった」と発表した。

その4日後、4月4日、今度はmag.5.9の地震が発生した。国立地球物理学火山学研究所(所長はリスク委員会会長Dr. Boschi)は群発地震の現状分析と見通しを公表した。「大きく揺れれば揺れるほど大きなエネルギーが放出されるので大地震の危険性がゼロに近づく」これを安全宣言と受け止めた住民は、揺れが収束するものと信じてテント暮らしから家に戻り、4月6日早朝の大地震(mag. 6.3)の犠牲になった。その頃にはGiuliani氏の地震発生予告はマスコミで放送が禁止されたので、4月5日のラドンガス濃度異常上昇から近々の大地震を予測していた「市民預言者」の忠告をきくことができた住民は限られていた。

今回の裁判では、大地震の発生を予知できなかった学者・研究者の責任が問われたのではない。Giuliani氏をSavonarolaのごとき偽預言者と決めつけ、彼の地震予知公表を禁じて住民に不正確な情報しか提供しなかったこと、危険がなくなったと安易に事実上の安全宣言を出したことが、結果的に被害を拡大させたとして委員会の過失致死責任が問われたのだ。

しかし、科学者の予測に誤りがあった場合に過失が認められ、刑法上の責任が問われるとなると、科学者は発言しなくなる。或いは安全と信じていても「危険がないとはいえない」と言わざるを得なくなるだろう。地震発生時のNHK速報で「この地震による津波の心配はありません」と言う代わりに「津波の心配はないかもしれません」と表現を変えなければならないかもしれない。当然、科学者先生たちは控訴して無罪を勝ち取るつもりだ。