アミのひとり言

事務所のアイドル犬アミのひとり言です。

立証された暗殺者プーチン

 暗殺者プーチンが、今年8月20日発生したロシア反体制派指導者Alexey Navalny(ナヴァーリヌイ、下院議員、44才)毒殺未遂事件を主導していたことが、おとり電話ですっかりばれてしまった。おとり電話をした人は、毒殺されかけたNavalny氏本人、電話の相手方は、ロシア連邦保安局(FSB、旧KGB)の毒物チームに所属するKonstantin Kudryavtsev(クドリャフツェフ)。

電話を取ったKudryavtsevは、電話の主が毒殺作戦の分析を担当するロシア国家安全保障会議の高官と信じて、早急にこの事件に関する報告書をまとめる必要があるとせかされ、45分にわたって事件の全容を正直にしゃべってしまったのだ。

 

 ロシア反体制派指導者Navalnyは高官の汚職を追及したり、与党統一ロシアに反対する運動を行ったりして、Putin側にとって悩みの種だった。Putinも、先週、公に認めたが、FSBの毒物チーム約6~10人が3年以上Navalny氏を尾行していて、今回、出張でSiberiaのTomskという町に出かけた彼のホテルで、下着のパンツの内側に猛毒の神経剤Novichok(ノビチョク、固体)を塗り付けたという。そのパンツをはいた人が汗をかくとNovichokが皮膚を通じて吸収され死に至る。Novichokというのはサリンの10倍ほどの強烈な神経剤で、旧ソ連時代に軍事目的で開発され、この地上でNovichokを持っているのはロシアFSBの毒物班だけだ。

 

 機内で様態が急変したNavalny氏はドイツBerlinの病院に運ばれたため、適切な治療を受けることができて3週間後には意識を回復した。予定通りモスクワに行っていたら、飛行機が到着する頃には死んでいただろう。この事件の総指揮者がPutinであることが証明された。暗殺者Putinは、同じNovichokを英国で使って、元二重スパイSergei Skripal(スクリパリ、68才)の殺害未遂事件も起こしている。

 

 暗殺者Putinは、2006年、政敵Boris Berezovskii(ベレゾフスキー)の暗殺命令に従わない部下のAlexander Litvinenko(リトビネンコ、英国在住、当時44才)をPolonium-210という放射性物質で殺害したことでも知られる。2015年2月、Putin政権批判の急先鋒であった野党指導者Boris Nemtsov氏(ネムツォフ、当時55才)がモスクワ市内で射殺された事件もPutinの指示による。彼もPutinの汚職等を公然と批判してきた政治家で、Putinにとって邪魔な存在だった。

 

 Litvinenko氏暗殺の1か月前には、著名なPutin批判のロシア人女性ジャーナリストAnna Politkovskaya氏(当時48才)が、モスクワ市内の自宅アパートのエレベーター内で、射殺体で発見された。かつて大統領Putinの最大のライバルであった政治家兼実業家Boris Berezovskii氏(当時67才)も、2013年、亡命先Londonで変死した。彼は同じLondonで起こったLitvinenko氏毒殺事件を指揮した真犯人はPutinだと公言していたからだ。Berezovskii氏はPutinに殺されたと執拗に宣伝してた在英亡命ロシア人Nikolai Glushkov氏(当時68才、元Aeroflot航空幹部)も、2018年3月、Londonの自宅で不審死を遂げている。要するに、自分に刃向かうものは皆殺すというのが暗殺者Putinの本質なのだ。