パリで発生したイスラム教徒を名乗る者によるテロ事件から4か月。預言者Muhammadの風刺画を週刊誌に載せていた出版社Charlie Hebdoの本社と、ユダヤ系食料品店Hyper Cacherなどで合計17名の死者、30名以上の負傷者を出した事件は、フランスの「宗教の自由」に関する論争に大きな影響を与えているようだ。
ヨーロッパにおける「宗教の自由」の問題は長い歴史を持つ。2000年前の新興宗教だったキリスト教は、当初弾圧の対象だったが、次第にローマカトリック教会の力が絶対的になってくると、非カトリックであるプロテスタント各派と対立、プロテスタント弾圧・虐殺が公然と行われるようになった。フランスで、カトリックでない者は市民権も持たず結婚もできない、という状況を変えたのはフランス革命で処刑されたルイ16世。フランス革命では当時の支配階級であったカトリック聖職者が多数処刑され、フランスは共和政になった。
その後は、政教分離(laïcité)が明文化され、現在の第五共和政憲法の下では、信教の自由が保障され、宗教による差別が禁止される。政教分離が国是だから、英独伊にあるようなキリスト教民主党のような政治団体とか、我が国の公明党(=創価学会)のような団体は認められない。もともと宗教の自由は、プロテスタントの存在を認めるという趣旨だったが、その後、宗教の自由が認められるフランスに、想定外のイスラム教徒が多数入ってくることになり、公立学校でスカーフを脱がないイスラム系女生徒が退学させられるなどの問題が発生した。近年は、イスラム女性の全身を覆う「ブルカ」着用も、フランスの公共空間では禁止(違法)となった。フランス人がせっかく勝ち取った宗教の自由だが、イスラム教の自由までも含むものではなかった。
このような背景の中で発生した4か月前のパリテロ事件。イスラム過激派を名乗る銃撃犯兄弟がユダヤ系食料品店に押し入った時、店内に20人以上の客と店員がいたという。地下にいて1階の銃声を聞いた店員のアフリカ・マリ出身イスラム教徒ラサナ青年(Lassana Bathily, 24才)は、銃撃犯に「地下にいる者は上がってこい」と命令されたので、「今行く」と返答し、10人ほどの買い物客を大型冷蔵庫の中に誘導して、照明や冷気も消し、声を潜めて隠れるよう指示した。自分は業務用エレベーターで1階に上がり、一瞬のすきを突いて外に脱出して、警察に人質が隠れている場所などを伝えた。4時間後、警察隊が強行突入して、犯人兄弟を射殺、大型冷蔵庫に隠れた人質は無事救出された。